• あの時,来るのはお勧めしないな

    あの時,来るのはお勧めしないなんてひねくれた発言さえしなければ,こうはならなかったなと思った。 『駄目だな。後悔してる場合じゃないと昨日言ったとこなのに。』 桂はそれを振り払う為に違う話題を出した。 「そうそう。君と夫婦になるのはご主人と女将には報告して手続きしてる。」 「えぇ!?それ早よ言って!?」 三津は上体だけで振り返っていつ言ったのだと声を荒げた。 「危ない危ない!落ちちゃう!」 桂は手綱を片手で握り,片手で三津の腰に手を回して落ちないように支えた。 「君が私に黙ってあの家を出た後,私は女将と主人を探して会いに行った。」 「何でそんな危険な事してるの?阿呆ちゃう?」 『三津さんお口が過ぎてます……。』https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202404270000/  https://ameblo.jp/freelance12/entry-12850002507.html https://www.liveinternet.ru/users/freelance12/post504877410//   幾松ならまだしも三津が桂に向かって阿呆と罵るなんて。伊藤は三津が穢れてしまったと目を潤ませた。 「だってご両親には挨拶しないと。」 「じゃあ妻本人にも会ってからの縁組にして欲しかったですね。」 どのみち身分からして桂の言う事には逆らえないから仕方ないけどと口を尖らせてまた前を向いた。 「九一さんも……身分で小五郎さんには敵わへんから私と夫婦になるのを諦めたんですね……。」 「九一は君を諦めてなんかないよ。夫婦になれなくても君を幸せにする事を諦めてはいない。だから君の帰りを待ってる。」 『前に向き直しとって良かった……。』 そんな事言われたら泣くじゃないか。 待っててくれているなら,会って最初に口にする言葉はただいまじゃなきゃ駄目だなと濡れた目を擦った。 阿弥陀寺に戻って来たのは空が夕焼け色に染まり始めた頃だった。 「只今戻りました。」 玄関で伊藤が中に声をかけると待ってましたと言わんばかりにセツと白石が飛び出して来た。 「お帰りお三津ちゃんっ!お疲れ様。」 セツは三津をぎゅっと抱きしめて頬をすり寄せた。可愛い娘が帰って来て目尻のしわが深くなる。 「お帰り。ちょうど訓練終えて片付けしてる所だよ。」 白石はどうする?と三津の目を見て聞いた。いつものお茶目な感じではなく,三津の様子を窺うように聞いてくる。 「手伝いに行きましょうか。」 三津はぎこちない笑顔を見せた。腹は括ったけれどまだどんな顔をしていれば分からない。笑いたくても筋肉が引き攣る感じがした。 じゃあ行こうかと先を歩く白石の後ろをついて歩いた。 男達の楽しそうな声が奥から聞こえる。それにも負けないぐらいの心音が三津の体の中には鳴り響いていた。 『心臓痛い……。息するの辛い……。』「みんなお疲れ様。」 白石の声に全員の視線が一気に集まった。 賑やかだったその場が一瞬静まり返ってみんながじっと三津を見ていた。 「おっ!戻ったか!嫁っ!」 お帰りと真っ先に声をかけたのはやっぱり高杉だった。三津はその場で深く頭を下げる事しか出来なかった。やっぱりどんな顔をしてたらいいか分からない。 「長旅お疲れさん。」 頭上から降ってきた赤禰の声と頭に被さった温もりにもう涙が滲んできた。 「お帰り嫁ちゃん。」 山縣もぽんぽん頭を叩いて顔上げりと優しく声をかけた。何とか涙を堪えてゆっくり顔を上げた。その時山縣の後ろに居る入江が目に映った。 「お帰り。三津。」 笑顔を向けられて,せっかく堪えた涙はとめどなく溢れ出した。三津は両手で顔を覆って俯いた。 「……私は片付けなきゃいけない用があるから少し出る。三津,その間ゆっくり話しなさい。伊藤君行くよ。」 「えっ!?待って!!荷物を!!」 置かせてくれと叫びながら颯爽と立ち去る桂の背中を追いかけた。 「三津,泣かんで?」 二人の姿が見えなくなって,入江は傍に寄って頭を撫でた。三津はごめんなさいと何度も謝った。入江はお前が謝る意味が分からんと笑って三津の両肩に手を置いた。 「三津,謝らんにゃいけんのは私や。話聞いてくれる?」 三津は頷いてから必死に涙を拭った。それでも優しい目で微笑む入江を見ると感情が抑えきれなかった。


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