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信長の両眼は大きく広がり
信長の両眼は大きく広がり、驚きの表情で、その場に控え直す恒興を見つめた。 「間違いではなかろうな!? まことにあの者に!?」 「はい。初めはご本人も半信半疑であったご様子なれど、先程 薬師(くすし)の見立てを受け、疑惑が確信になられた由」 「…信じられぬ。まさかこのような時分に、かような吉報を聞く事になろうとは」 「まことに喜ばしき事にございます」 「ああ…、喜ばしい、ほんに喜ばしいっ」 信長の驚き顔はいつしか歓喜の表情へと変わっていた。【植髮】植髮有用嗎?植髮可以維持多久? - まるで空の星をその手に掴んだような喜び様である。 ──いったいどのような報が、ここまで我が夫の胸を踊らせているのだろう? 密事談義のような二人のやり取りを目の当たりにし、濃姫の頭の中は疑問符でいっぱいになっていた。 けれど、信長がここまで興奮を覚えているのだ。余程嬉しい話なのだろう。 「畏れながら殿、先程からいったい何のお話をなされているのです?」 「……お濃…」 「吉報と申しておられましたが、どのようなお話なのか、濃にも教えて下さいませ」 気になって姫が訊ねると、喜び満面であった信長の顔から急に輝きが消えた。 上がり切っていた口角はみるみる内に垂れ下がり、身体中に溢れていた興奮と喜びは、瞬時に戸惑いと躊躇いに切り替わった。 目の前の夫の表情があまりにも大胆に変化したので 「殿、如何なされたのです…? 私、何か変なことを訊きましたでしょうか?」 濃姫も思わず眉根を寄せた。 「……違う、そういう訳ではない。……そういう訳ではないが…」 信長は口をもごもごと動かし、何かを姫に伝えようと必死に努めていた。 だが、なかなか言葉となって口の先から出て来ない。 やがて彼は、言葉の代わりに大きな溜め息を吐くと 「……何でもない。取るに足らぬ事じゃ。…気に致すな」 力のない声で濃姫に告げ 「これより生駒邸へ赴く。早々に支度を致すのじゃ」 と恒興に命じると、姫を顧みようともせず、足早にその場から去っていった。 広縁の上に独り取り残された濃姫は、怪訝な思いをその胸に抱えながらも、遠ざかってゆく夫の背中をただ黙って見送る他なかった。 そこへ 「──お方様、こちらにお出ででしたか」 信長と入れ替わるように、侍女のお菜津がやって来て、濃姫の前で恭しく礼を垂れた。 「広間を出られたと報を受けてより、なかなか奥へお戻りになられませぬ故、心配致しておりました」 「相すまぬ。殿と話をしておったのじゃ」 「左様にございましたか。──では、取り急ぎ奥へお戻りを。お方様とお約束をしていると申され、千代山様が御座所にお見得になっておられます」 「おお…、そうであった。重陽の節句の催しのことで相談があると、今朝方 千代山殿から言われておったのじゃ」 すっかり忘れていたと、濃姫は奥御殿へ戻ろうと慌てて踵を返した。 すると姫は、まだ十歩も進まぬ内にツ…と足を止め 「そう申せば、そなた。確か、尾張国内の事について詳しかったな?」 急にお菜津の方へ振り返った 「はい。一応尾張生まれの尾張育ちにございますから」 「では……“いこま”とは、何のことか分かるか?」 「いこま?」 「今しがた殿が、池田殿と話しておられたのです。いこまの邸がどうのと」 「…それはもしや、土豪の生駒氏のことではありませぬか?」 「土豪とな」 「はい。生駒氏は馬借及び、油、灰などの商いで財を築いた尾張有数の土豪にて、 ご当主の家宗(いえむね)殿は、犬山城の織田信清様に仕えておられましたが、少し前から殿にお仕えするようになられ、
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