「殿。よくぞ戻って来て下さいました」 「お濃」 「よくぞ……お戻り…に…」 ふいに姫の両眼に涙が溢れた。 何とか堪(こら)えようと懸命に目元に力を入れたが、思いとは裏腹に、大粒の涙が次から次へと零れ落ちてゆく。 やがて耳も鼻も頬も朱色に染まり、口の中は塩の味でいっぱいになった。 父が死んだ悲しみと、信長が無事であった喜び。 そして多大なる緊張感からの解放が、姫の我慢の緒を完全に解いていた。 「ぁ…ああ……あああっ」 濃姫は激しい嗚咽を漏らしながら、その場に頽(くずお)れてゆく。 顔を両手で覆いながら、ただただ泣きじゃくる姫を、信長は何も言わず、高端人才通行證計劃:香港如何助高才創業? 上から包むように抱き締めた。 やがて東の空が俄に明るくなり、二人のいる廊下にも、眩しい程の朝の光が射し始めた。 うねるように宙を漂っていた濃霧は、朝の強い日射しを浴びて黄金色に輝き、その場一帯を厳かな雰囲気に包み込んでゆく。 まるで色彩画のような美しい情景の中で、濃姫と信長は、そこに一つの趣(おもむき)を添えるように、 いつまでも、ただひっそりと寄り添い続けているのであった。 それからニ日後。 濃姫は信長から、多くの供奉の者と豪奢な輿を与えられ、久方ぶりに清洲城の外へ出た。 道三の死に目には勿論、その亡骸を拝むことすら叶わなかった濃姫は、 せめて、美濃に出来得る限り近い場所に赴いて亡き父の御霊を慰めたい… そう思い立ち、唐突にも尾張と美濃の国境まで出掛ける旨を、信長に願い出たのである。 急なことに信長は初め躊躇(ためら)ったが、傷心の妻を気遣ってか 「木曽川を越えぬならば、許そう」 と条件を添えて、その願いを聞き入れたのである。 幸い道中は何事もなく進み、程なく、濃姫を乗せた輿は木曽川に安着。 その畔近くに姫の輿は降ろされた。 「──姫様、着きましてございます」 同行していた三保野が、輿の御簾を手早く巻き上げてゆく。 やがて中から、白菊の花束を手にした濃姫が滑るように降り立ち、誰を顧みることもなく、そのまま川の際へと足を進めた。 濃姫は目の前を流れる長い川を見るなり 「何と清々しい──」 と、感じ入ったように呟いた。 絹糸が揺れ動くような悠然とした川の流れ。 陽光を受けてキラキラと輝く水面。 銀の鈴を転がすような、小さな川のせせらぎ。 城内にある見るからに人工的な水辺とは違い、自然ならではの美しさがそこにはあった。 濃姫は、明け方の三日月の如き繊細な微笑を口元に浮かべると、美濃の方角に向き直り、小腰を屈めた。 「父上様…、孫四郎、喜平次…」 持って来た白菊を手向け、姫は亡き親族たちの冥福を願って端然と合掌した。 そのまま四半刻。 はたまた半刻(一時間)と、長い長い間 姫は祈り続けていた。 あまりに長いので、三保野が 「姫様、もうそろそろ御城に…」 と声をかけようとしたが、まるで神仏が乗り移ったかのような、美しく、 透き通るような姫の横顔を見ると、どうしても最後まで言葉を繋ぐことが出来なかった。