門に目を向け、そう言うと沖田は足早に去っていく。
その途中、横から沖田を呼び止める者がいた。
「待て、肉毒桿菌針 総司。隊服をきちんと羽織れ」
土方である。腕を組みながら眉を顰めていた。
見付かったかと沖田は肩を竦め、渋々羽織に袖を通しながら嫌そうに口を尖らせる。
「何度も言いますけれど私、この羽織好きでは無いんですよ」
「なァに言ってやがる。当初は気に入って毎日着回していたじゃねェか」
呆れたように言う土方を、沖田は軽く睨み付けた。
「それは…昔の事です。隊服の意味とか由来だとかは良いんですよ。ただ、これは少々目立ち過ぎでは有りませんか。コレじゃあ浪士に逃げて下さいと言っているようなモンです」
日頃思っていたことを言った。
そう指摘されると、一理あると土方は唸る。
「そういやァ、山南さんも同じ事言ってたなァ。だが、羽織を無くすには"まだ早い"。心に留めておくから、今はそれ着て堂々と市中を回って来い」
土方は沖田の肩を一つ叩くと何処かへ去っていった。
沖田も、土方に思惑があることを感じ取るなりそれ以上何も言わずに、門前で待機している隊士の元へ向かっていく。
「いえ、偶然ですから。荷物を持って頂いたことは事実ですし」
門限を過ぎたことによる咎めから救おうとして、まさか命を救うことになるとは思っておらず、内心かなり驚愕していた。
「その偶然が彼と私を助けたのですよ。…ああ、もうすぐ巡察の刻だ。済みませんが、それでは私はこれで失礼します。日を改めて、礼をさせて下さい」
手持ち無沙汰のために自室に戻った桜花は、文机の前に座るなり藤から貰った書物を捲る。
しかしそれを解読することは旧字体の知識がない彼女には不可能であった。
「やはりあの人に頼むしかないか…」
桜花はそう呟くと出掛ける決心をし、書物を風呂敷に包んで部屋を出る。
その時だった。
遊びに出ていたはずの勇之助がこちらへ掛けてくる。
「桜ちゃん!お客はん来はったで!」
「私に?」
果たして自分を尋ねてくるほど、親しき人物などいたかと首を傾げながら、勇之助の指差す門へと歩いていく。
すると、そこに居たのは弥八郎だった。
「どうも」
呉服屋の跡取りと言うだけあり、洒落た格好をしている。
その顔を認めるなり、茶屋で怒らせてしまったことを思い出した。予想外の来客に桜花は驚き、取り敢えず共に外に出ることにした。
「…驚きました、まさか貴方が訪ねてくるとは」
暫く無言で歩いていたが、先に口を開いたのは桜花である。
「この間は済みませんでした。貴方とお花さんの邪魔をするつもりは無いのです」
そう言えば、弥八郎はハッとして立ち止まった。
「何でや…何でアンタが謝るねん。アンタは悪ぅないやろ!」
眉を顰めると、頭を深く下げ口を引き結び、絞り出すような声でこう続ける。
「あの時は…済まんかった。アンタとお花が二人で話しとるの見たら、こう…頭に血が上ってしもて…妬いたんや」
頭を上げた彼は恥ずかしそうに目線を反らした。
桜花はそれを見て笑みを溢す。
「その後、お花さんとはどうなりました?」
「そ、それは…」
弥八郎は顔を更に赤く染めると少しの間押し黙り、口を開いた。
「お花もこんな俺のことを好きや言うてくれて、…恋仲になった」
想いを告げる弥八郎を前に、涙を浮かべた花の嬉しそうな表情が目に浮かぶ。
「それはそれは!おめでとうございます」
祝辞に弥八郎は照れ笑いを浮かべた。人を想いあう暖かい気持ちはどの時代でも共通事項のようである。
「時間があったらでええんやけど、今から茶屋へ行かんか。俺に奢らせてくれ」
その申し出に桜花は首を捻ったが、彼の心情を鑑みて受けることにした。