その言葉に一同はざわめく。それもそのはず、一人で素振りをしている姿は稀に見たが、左腕を負傷してからというものの試合をすることは無かったからだ。 「ほ、本当です。沖田先生の背中を守れるか見定めると」 「……他に何か言っていたか」 土方の問い掛けに、桜司郎は山南の言葉を思い出す。 『総司の事、後は宜しくお願いしますね。彼は寂しがり屋ですから』 だが、未だ衝撃を受けている沖田の前でそれを言う気にはなれなかった。 どれだけ沖田が山南を慕い、避孕方法 山南が沖田を可愛がっていたのかを知っているから。 「いえ、後は何も……。お休みなさい、と」 「という事は、それが最後の目撃情報って訳だ」 土方はそう呟くと、沖田の横に座った。そしてその肩に手を置く。 沖田の目の前には、一枚の書状があった。 見慣れた美しい筆跡で、"大津宿にて山を見てから、江戸に行きたく候"と書かれている。 大津宿とは、京と江戸を結ぶ東海道にある宿場のことを指した。五十三次の中でも最大の規模を誇っている。 「総司、お前が追っ手だ。…山南の野郎を連れ戻して来い」 そう言った土方の声音は優しかった。だが、沖田には酷薄に聞こえる。 その脳裏には、いつか話した山南の言葉が浮かんでいた。 『…総司、私はね。江戸に行きたいと時々思うんです』 『勿論、今の体力では行けないことは分かっていますよ。それでも…江戸に、試衛館に帰りたい……と』 沖田は書状をジッと見詰める。山南がどのような思いでこれを書いたのか、分からなかった。 沖田は顔を伏せたまま、口を開く。 「…山南さんは、江戸に…試衛館に帰りたがっていました。追う必要が、ありますか」 絞り出すように発したそれは自分でも驚く程に、悲哀に満ちた声をしていた。 「歳……、もう良いんじゃないか。山南君は疲れていたんだ。それに、何も総司に行かせなくったって」 近藤は土方の隣に立つとそう言った。その発言を聞いた途端、土方は目を剥く。 そして近藤の胸倉を掴んだ。 「近藤さん、何で大将のお前さんが其れを言えるんだ…。法度を知らねえとは二度も言わせねェぞ…。あれは俺と山南が作ったんだ」 土方は息を深く吐きながら、そう言い捨てる。まるでそれは近藤を通り越して、自身にも言い聞かせているようだった。 恐らく、一番困惑しているのは土方なのかも知れない。「土方さんの気持ちは分かるけどよ、総司に行かせるのは俺も酷だと思うぜ」 そこへ永倉が助け舟を出す。土方は近藤から手を離すと、永倉を睨み付けた。 「…何の為にわざわざ山南が行き先まで書いたと思ってやがるんだ。本当に逃げたい奴がそんなモン書くものかよ。…あいつは、待ってんだ」 土方の言う通り、本当に逃げたいのであれば行き先は書かないのが普通である。 何の考えも無しに、そのような不可解な行動を取る人間ではないことはこの部屋にいる全員が分かっていた。 山南は追い掛けて来い、という指示を出しているのだ。そして答えはその先でしか得られない。 山南は何をしたかったのか、何を伝えたかったのか…… 「…分かりました。行きます。山南さんもそうですけれど、土方さんが読み誤った事なんて無いですから」 沖田はそう言うと、ゆらりと立ち上がった。未だ嘗て無いほど、その表情は暗い。 沖田先生、と桜司郎は小さく呟いた。それに気付いた沖田は部屋を出る際に、桜司郎の頭を撫でる。 「桜司郎君、私が居ない間。一番組を頼みます。山南さんの試練、合格したのでしょう?…良いですよね、土方さん」 その問いに土方は小さく頷いた。桜司郎は驚きの表情を浮かべて双方を見る。 「総司、馬を使えよ」