りも打算も無いものと信じたかった。 それ程までに良い句だと沖田は視線を落とす。 「有難う、沖田君。では……邪魔をしましたね」 そう言うと、伊東は去って行った。その時の風と共に桜の花びらがふわりと部屋の中へ舞い込んでくる。 山南さん、と小さく囁いた沖田の横顔を夕闇が照らした。その夜。桜司郎は土方から呼び出しを受け、副長室に居た。その横には近藤や斎藤、M字額 沖田の姿もある。 何故この面子の中に、と動揺しながらもそれを顔には出さずに神妙な面持ちで背筋を伸ばした。 「あの……私、何かしましたか」 静寂に耐え切れなくなった桜司郎は小さく手を挙げ、おずおずと発言をする。 それを聞いた沖田はぷっと吹き出した。斎藤は僅かに目元を動かし、近藤と土方は目を丸くしている。 「心当たりがあるってェなら聞くが」 「いえ、何も無いです……済みません」 呆れたような表情を浮かべた土方に一瞥され、桜司郎は肩を竦ませた。そこへにこにこと笑いながら沖田が助け舟を出す。 「土方副長、勿体ぶらないで早く言って下さいよ。桜司郎さんも困っているでしょう」 「別に勿体ぶっているつもりは無ェが……。まあいい。単刀直入に聞く。鈴木、俺と共に江戸へ行く気は無いか」 その言葉に桜司郎は目を白黒とさせた。全く話の趣旨が見えてこず、どのような反応をしていいのかと瞬きをする。 近藤は軽く笑い声を上げると、土方の肩へ手を置いた。 「歳、それじゃあ話が見えんぞ。ええと、もうすぐ隊士の募集と平助との合流も兼ねて、江戸へ行くんだ。前回は伊東さんの件もあったから俺が行ったが、今度は歳や斎藤君が行くことになってな」 そこへ同行してもらいたい、と近藤は穏やかに笑む。 桜司郎は驚いたように近藤の顔を見てから、土方へ視線を移した。土方の表情からはその考えは全く分からない。 そこへ斎藤が失礼、と初めて口を開いた。 「……あんたは江戸出身かも知れない、と言ったな。江戸へ行けば記憶が戻る手掛かりがあるやも知れぬ。悪い話では無いと思うが」 「それは……」 確かに本当に"そうであれば"そうなのかも知れない。桜司郎の脳裏には八木邸の二階で見付けた走り書きが浮かんだ。 "未来へ帰る"というのは、江戸の事では無いだろう。だが、この様に夢物語のような事は誰にも言えなかった。 桜司郎は無意識のうちに俯く。それを見た土方が眉を僅かに動かした。 「江戸へ行くのは嫌か」 「いえ、そのような事は……」 江戸へ行くのが嫌な訳では決してない。どちらかと言うと、行ってみたいとは思っていた。事ある毎に沖田や山南らが江戸の事を口に出すものだから、気になっていたのである。 記憶が戻るかどうかの話はさておき、旅となれば男装であることがバレて仕舞わないかが不安要素だった。そして、沖田が行かないと云うのに一人だけ行くことにも抵抗がある。 桜司郎は自然と沖田を見た。助けを求めるようなそれに沖田は口角を少しだけ上げる。 「突然言われて驚いているようですから。返事はまた明日、と云うことにしませんか」 「うむ……夜も更けて来たことだし、そうしよう。明日返事を聞かせてくれ」 沖田の助け舟により、一旦その場はお開きとなった。