からなのかは分からない。
斎藤に限っては京だろうが江戸だろうが一切変化を見せなかった。彼らしいと桜司郎は口元を緩める。
「鈴木。どうだ、江戸は。安全期 何も思い出せねえか」
土方は首だけを捻って、後ろを歩く桜司郎へ話し掛けた。
「うーん……分かりません。でも……」
「でも?」
「江戸……好きかも知れません」
その返答に、何だそりゃと土方は笑う。斎藤と伊東も口角を上げていた。
何とも抽象的な返答だとは自分でも思っていた。だが、風を切って歩く度に全身が喜びに近い感情に震えているのが分かる。懐かしさとも、郷愁とも言えぬ感覚が腹の底から湧き上がっていた。
「そう言えば、今日はこれから何方へ行くのですか」
「そうさなァ、先ずは俺らは試衛館へ行って大先生へ挨拶をする。行く所が無いんなら、共に来い。……伊東さんはどうする、深川へ行くか?用があるんだろう」
大先生とは、近藤の養父で試衛館の先代道場主である近藤 を指す。土方が"バラガキ"として竹刀を片手に暴れ倒していた時代に大変世話になった大先生だ。そのため、江戸に帰って直ぐに親族を差し置いてでも挨拶へ行くのは当然のことである。
土方としては自身の恥ずかしい昔話が伊東に知れるのは、不都合だった。その為、何としてでも伊東を家へと帰したいと考えている。
その言葉に、伊東は考え込むように顎に手を当てた。その姿ですら絵になるようで、町娘が熱っぽい視線を向けている。
「そうですね。お言葉に甘えてそうさせて頂きます」
伊東はサラリとそう言うと、土方はふんと鼻を鳴らした。伊東と別れた後、土方と斎藤に続くように、桜司郎は歩いていた。
京を離れて早二十日程度が経とうとしている。そのうちの殆どが歩き詰めで、気を抜けば座り込んでしまいそうな程に疲弊していた。
急ぐような旅では無いと言いつつ、特段何処かで観光をしたりで寛いだりすることはない。日が暮れたら泊まり、黙々と食事と風呂を済ませて日が明けたら出立する。これを延々と繰り返していた。
面子が面子のため、これといった会話を楽しむこともせずに黙々と歩いたせいか常に緊張感が隣にいた。
沖田や松原、山野に馬越がいたら楽しかったのかなと思いつつ、それはそれで疲れたら甘えてしまいそうだから居なくて良かったのかも知れないと苦笑いをする。
──それにしても。やはり何かが違う。
京の街を初めて見た時はただの感想しか出なかったが、江戸の街はやけにざわついた。
「周斎先生はお元気でしょうか。俺はお会いするのは く振りです」
「あの爺さんは中々くたばりゃあしねえよ。この俺ですら歯が立たねえんだから」
土方と斎藤は談笑を交わす。ふと、後ろを歩く桜司郎の様子が気になった土方は振り向いた。
すると桜司郎は少し離れたところに立ち尽くしており、覆い被さるような桜の枝の下で目を細めて複雑そうな表情を浮かべている。
普段の明るい気性とは全く異なり、まるで別人のようなそれに土方は僅かに動揺した。
土方も自然と立ち止まる。それに気付いた斎藤は土方の視線の先を追った。そこにいる桜司郎は"知らない男"のような雰囲気だが、何処か迷い子のような心細さすらも感じ、今直ぐにその手を取りたい衝動に駆られる。
二人の視線に気付いた桜司郎は慌てて駆けてくる。
「すみません、ぼーっとしちゃって」
その様子は先程とは打って変わって、いつも通りの桜司郎だった。
「はぐれちまって帰れなくなっても知らねえぞ。道が碁盤の目の京と違って、江戸はごちゃついているからな」
土方は桜司郎の額を軽く小突くと、再度歩き出す。そして自身の隣を指さした。
「おい、俺の横を歩け。また離れちまったら気付けねェかも知れん」
声を掛けられた桜司郎は口元に笑みを浮かべると、一歩踏み出して横に立つ。