かれらは、俊春のちいさな背をただみつめているだけなのであろう。
いや、みつめるしかないのかもしれない。
結局、notary public hong kong 怪我人こそでたものの、史実どおりの死者はでなかった。
たった一人にしてやられたなどと報告するなんてことは、伊知地も板垣もできないにちがいない。いい恥さらしだし、長州からなにをいわれるかわかったものではない。もちろん、七千人のなかには長州兵もいる。この失態は、いずれはSNS的に拡散される可能性は充分ある。
なにせ、七千人もの混合部隊である。
『拡散させるな。口にチャックをしていろ』
そんなふうに箝口令をしいたところで、土台無理な話なのだ。
そこでふと思った。
伊地知と板垣は、もしかすると虚偽の報告をするのではなかろうか。つまり、『ちょっとだけ敵に打撃をあたえましたよ』と報告しておくのである。盛りすぎてもいけないし、すくなすぎてもいけない。そこは、伊地知と板垣でうまく口裏をあわせるのかもしれない。
そもそも、こちら側が七千人もの敵を相手にして、壊滅状態にならなかったという史実じたいが奇蹟的である。
それが、誠に奇蹟がおこったといだけのことだったのかもしれない。
兎に角、今回の「母成峠の戦い」でも、おれたちは大敗した。
時間的には、たった一日である。いや、実際は一日もかからなかった。
おれたちは、またしても逃げだしたってわけである。
敵は、いましばらくは追ってこない。それがわかっていてさえ、どうしても気が急いてしまう。
伝習隊と
の隊士たちは、おれたちのはるかまえを若松城へと向かっている。
安富に中島、尾形に尾関が、隊士たちを率いている。
おっと、安富は隊士たちというよりかは、「梅ちゃん」と「竹殿」の様子をみているにちがいない。
二頭がひく荷馬車を馭しているのは、沢と久吉である。
じつは、副長は沢と久吉に若松城に残るよう何度もいったのである。
二人は、正式な隊士ではない。戦闘要員ではない二人をわざわざ戦場に連れてゆき、危険な目にあわせたくないからである。
しかし、二人にはもともと選択肢はないようだ。
戦闘では役に立たぬがゆえに、小荷駄だけでも任せてほしい。
二人は、そういって譲らなかった。
結局、副長は二人といい合いをした後に折れた。
若松城に残している隊士がおおすぎる。ぶっちゃけ、人手不足なのである。
隊士は戦闘に参加させ、それに集中させたい。
ゆえに、二人がいてくれたほうが、小荷駄だけでなく、雑多なことを任せられる。
ともにいてくれた方が、どれだけ助かることか。
そのかわり、かれらの身の安全はなにがなんでも確保しなければならない。
副長は、隊士よりもはるかに二人に気を遣っている様子である。
おれのまえを、斎藤、島田、蟻通があゆんでいる。
気は急くが、斎藤たちのあゆむ速度にあわせて「宗匠」の手綱を握っている。
本当は「宗匠」からおりて、自分の脚であゆみたい。
「宗匠」も、慣れぬ戦の毎日でずいぶんとつかれているからである。
しかし、俊春がおれをからかったときのことではないが、もしも背後にいる敵が気をかえたり、意識高い系の将兵が抜け駆けをし、副長や大鳥を狙いにくるかもしれない。
そういう連中にとっては、的は一つでもおおいほうがいいであろう。
「的役」のおれとしては、その責を果たさねばならぬ。
ゆえに、「宗匠」には悪いが乗ったままでいるのである。
戦線を離脱してから、十五分かニ十分くらいは経ったであろうか。マイ懐中時計をみる余裕すらない。
そのくらいは経っているような感覚はあるが、もしかするともっと経っているのかもしれないし、さほど経っていないのかもしれない。
どうやら、の感覚までおかしくなってしまうらしい。 俊春が音もなくあらわれた。
かれは、頭上の木の枝から飛び降りてきたのである。
さすがは「最後の忍び」こと伊賀の忍者と忍術勝負をし、完膚なきまでに倒しただけのことはある。
リアル忍びよりもはるかにリアル忍びである俊春は、『道の脇』といっても荷馬車が一台ギリとおれるくらいの狭い道であるが、兎に角、脇によって片膝をついて控えた。
この道は、いわゆる県道に毛がはえたようなものである。会津の人たち、たとえば農民や商人という一般の人たちが、近道につかっているらしい。
この道を選んだのは、もちろん俊春である。