「面白い人。お名前は?」
「ただの商人だ。名前は知らん。」
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あんなに親しげに話してたのに知り合いじゃないの?
不思議に思いながら斎藤を見つめた。
「あんたも似たようなもんだ。
名前を知らなくとも親しく出来るだろ。」
誰にでも笑みを振り撒いて近付いて行く。
名前や性別,家柄なんて気にしないだろう。
会話をすれば親しい間柄になれるし友だと言える。
誰の懐にでも違和感なく入り込める,ある種の才能だと思う。
『あの男との違いを挙げるなら,こいつは無意識に人の心に入り込んでしまう所だな。』突然現れて喋るだけ喋り消えて行った商人風のあの男。
三津だけで無く,新選組内でもその姿を知る者はごく一部。
隠れた存在のその男,監察方の山崎蒸。
『あいつは仕事柄,ああやって人の懐に入り込むがこいつは違う。』
山崎は情報を得る為,姿や身分を偽りあらゆる場所に溶け込む。
斎藤もまた同じ手段を取る事がある。
相手に好感を持たせてその隙につけ込むのもしばしば。
三津も人の心の隙に入り込むのは得意なようだ。
でも自分たちと違うのは三津には何の企みもやましさも無い。
純粋に人と話す事に喜びを感じて笑顔を見せるのだろう。
その笑みで人の心に入り込んで来る。
『入り込むのでは無くて,相手が勝手に受け入れてるのかもな。
副長もその一人になりつつあるか。』
それもまた意外で面白いと一人口元を緩めた。
「確かに挨拶から世間話になって盛り上がるけどどこの誰だか分からへん事ある!」
三津は斎藤の言う通り名前を知らなくったって親しい人は居ると無邪気に笑った。
「三津は知らん人にもほいほいついてくから危ないねん。
でも今日は斎藤おるから大丈夫やな。」
『こんな子供に言われるとは相当危なっかしいのか…。』
心配されてるのか馬鹿にされているのか。
呆れた顔で三津に視線を送っていると,ぐいぐいと手を引っ張られた。
視線を落とすと宗太郎が見上げている。
「そしたら斎藤,ちゃんと三津連れて帰ってや?
俺は遊びに行かなアカンから。」
宗太郎は念押しした後,じゃあなと後ろ手を振って走って行った。
「またね!」
三津も大きく両手を振って背中を見送った。
口の悪さは相変わらずだがやっぱり可愛い奴だと目尻を下げた。
「お前は本当に知らない奴にもついてく事があるのか?」
斎藤に怪訝そうに見つめられ,激しく首を横に振った。
宗太郎の言う事を真に受けられては困ると頬を膨らます。
「でも斎藤さんに連れて帰ってもらわなきゃ困るのは確かですね。
多分迷子になるやろうし,斎藤さんは私が居るかどうか分からないんでしょ?
置いてかれたら二度と会えへんかも。」
三津は真剣に訴えたのに大袈裟だと素っ気なく返された。
「はぐれたら私の事見つけられます?」
「試しにはぐれてみるか?」
斎藤は冗談で言ったつもりなのに強張った表情で嫌だと首をぶるぶる振られた。こんな町中ではぐれてみる?
何て恐ろしい事を言うんだこの人は。
「冗談やないです!」
「いや,冗談だが…。」
あくまで三津は土方からの借り物だ。
はぐれてしまって宗太郎の言う通り見知らぬ人について行っても後々面倒な事になる。
それに三津の怯えようったら尋常じゃない。
『はぐれてしまったら最終的には別々に屯所に帰ればいいだけだが…。
本気で帰り道も分からんのか?』
宗太郎ですら気にかけた理由が何となく分かる。
若干不貞腐れた三津を見ていると何か閃いたらしい。目に輝きを宿した。
「いい事思いつきました!」