「あー…今日もよく働いたっ!」
掃除をして,洗濯をして,買い出しにも出たし,料理も張り切った。
三津は両手を天井に突き上げて大きな伸びをしながら,久しぶりに女中業を全うした満足感に浸った。
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今はぽつんと自分の小さな部屋の中。
「おい。」
絶妙な具合で外から呼び掛けられてビクッと飛び上がった。
「はい!」
急いで障子を開ければ斎藤が立っていた。
「ちょっと付き合ってくれんか?」
「あ,晩酌ですか?」
「いや,茶で構わん。部屋で待つ。」
てっきり今日密かに購入したお酒を呑むんだと思ったのにあてが外れた。
でも丁度いい,寂しかったところだ。
「すぐ行きます!」
あわよくばそのまま居座ってやろうと考えてニッと笑った。
斎藤の部屋に行くと丁寧に座布団が向かい合わせに用意され,待ち構える斎藤は腕組みをして難しい顔をしていた。
「ここ,土方さんみたいになってます。」
向かいに座ると人差し指で斎藤の眉間をぐいぐい押した。
「止めんか。こっちは真面目な話だ。
昼間追い掛けようとした相手だが…。」
「えっ?」
斎藤の眉間を押したまんま動けなくなった。
『やっぱり変やと思ったんかな?知り合いに似てたとか如何にも誤魔化してますって言い訳やもんな…。』
じっと見つめていたのが自分だけならまだしも,相手もこっちをじっと見ていたんだ。
鋭い斎藤なら何か気付いたに違いない。
眉間に押し付けた指をゆっくり引いて行儀良く膝の上で手を重ね置いた。
「追い掛けようとした相手,お前の死んだ恋仲かその妹に似てる人間だったのか?」
『あ,違った…。』
斎藤には相手が男か女かも分かってなかったようだ。
「新ちゃんかふくちゃんに似てる人やったらきっと斎藤さん振り切ってでも追っ掛けましたよ。」
「だよな…。やっぱりお前を引き止めて正解だった。
そうだとしたら,お前はそのまま居なくなってしまうだろう。
それにもう一度その相手を探して見つけたのなら帰って来ない,そう思った。」
何故か分からないが不安になったと斎藤は苦笑いを浮かべた。
「斎藤さん鋭いですね。
確かに探しに行きたいと思っちゃいました。
でも一つ言わせてもらうと,帰って来ないんやなくて,帰って来れないの間違いです。」他の誰でもない,この自分を選んでくれたのなら,その役目を果たしてやりたい。
斎藤は三津の頭に手を伸ばした。
「そう焦るなゆっくり聞いてやる。さぁ,お前は山奥でどんな暮らしをしてきた?」
伸ばした手が三津の頭に被さった。
頭の上で心地良く弾む。
誰にも語って来なかった自分を存分に語れと。
「甘えん坊のお三津って,周りからはそう呼ばれてました。
父の背中が大好きで,父の右手も私の物。」
「やはり昔からか。一人娘ならさぞ大切にされたろう。」
「でもあの時は気付かんかった…。
父上は私を食べさす為に一所懸命で,構ってくれんかったのを私は意地悪やって思ってもた。なかなか話し相手になってくれへんかったもん。」
三津は肩をすくめて苦笑した。しんどい畑仕事もずっとおぶってくれてたのに。ずっと手も離さずいてくれたのに。
「せやけど,それが仕方ない事やって分かってから私も頑張って父上の手伝い頑張った。
抱っこも負んぶも我慢した。
斎藤さんは?男の子はやっぱり厳しく躾られた?」
「そうだな…。だが父上が厳しくとも,さり気なく優しくしてくれる母上がいたし,兄上も姉上も。」
そう考えれば自分は幸せだと斎藤は思う。
甘えたつもりはなくても,自分では気付かないうちに守られ,支えられ,甘えさせてくれてたに違いない。
『自然と甘える気持ちを押し殺したから,甘え方を忘れたのか。』
「母上より父上が好きか?」