その優しさが狡いなぁ……なんて思ったが,それに甘えようとしてる自分の方が狡い。 いや,既に甘えてしまっている。 斎藤の背中越しに見慣れた風景が見えて来た。 ここをまっすぐ上れば藩邸はすぐそこだ。 戻れば桂と顔を合わさなければならない。謝らなければならない。 自然と気持ちは帰りたくないと思っていた。 それが足を重くする。 「何だ戻りたくないのか。」 「え?」 「足音で分かる。さっきよりも重そうに歩いてる。」 足を止め振り返った斎藤に三津はお得意の作り笑顔を見せた。顯赫植髮 「せっかく斎藤さんに助けてもらったのに帰らずまた追い回されても困るからちゃんと帰ります!」 『強がるのも相変わらずだな……。』 甘やかしてやりたいのをぐっと堪えて,そうか。とだけ呟いた。 「じゃあ俺は帰るぞ。」 名残惜しさを手のひらに込めて,三津の頭を撫でた。 「あ……ありがとうございました。」 深く頭を下げると斎藤は手を振って行ってしまった。 その姿が見えなくなるまで見送ってふぅっと息を吐いた。 「あれ?三津さん?こんな所で何してるんです?」 「っ!入江さん!」 にこにこ笑いながらこちらに向かって歩いてくる。 「何で外に?おまけに斎藤と逢引なんて。」 『見られてた……。』 笑顔の下で入江が何か企んでる気がしてならない。 「あ……あの後余計に小五郎さん怒らしちゃって……。」 「なるほど。それで家に居たくなくて外に出た所を斎藤に見つかったんですね。」 三津は首を横に振って違う違うと否定した。 「高杉さんに見つかって怖かったから逃げたんです……。 逃げてたら迷子になっちゃって,そこを斎藤さんに見つかって……連れて帰って来てもらいました……。」 「へぇ斎藤に……。 晋作も何してんだか……。とりあえず家に戻りましょうか。」 入江に付き添われて家路についた。 「晋作に見つかった以上外に出たのはバレるでしょうね。 でも斎藤に会ったのは秘密にしておきます。」 「すみません……。ありがとうございます……。」 「外に出たのは……あんな嫌な気分にさせられて家でじっとしてられる訳ないでしょ!とでも怒鳴り散らしたらいいですよ。」 いい案でしょ?と入江はからから笑った。他人事だからそんなに簡単に言えるんでしょと三津の目元は引き攣った。 「そんなん言えませんよ……。」 「いえ,多分桂さんは三津さんからそんな本音も聞きたいんじゃないですか?」 「え?」 空気の漏れるような声を出して入江を見た。 「そうですねぇ。家でゆっくり話しましょうか。」 妖しく口角を釣り上げた顔を目の前に三津は苦笑い。 そう言えば喉がカラカラだったわ。 仕方ない,入江と一服しよう。 「とりあえず桂さんが帰って来て外に出た事を問い詰められたら,さっき言ったように出た原因はお前じゃー!ぐらいの勢いで怒るといい。」 お茶を啜りながら暢気に言ってのける入江に疑いの眼差しを向ける。 それに気付いた入江はふっと笑みを浮かべた。 「三津さんは桂さんに嫌われたくないから良い子でいようとしてません? でも桂さんは稔麿や私に接する時みたいな三津さんでいて欲しいんじゃないですかね。」 三津にとって内助の功こそ出来る女だと思っていて,二歩も三歩下がって桂を立てるのが務めだと思っていた。 「私や稔麿からすれば貴女が桂さんに見せる恥じらう姿が自分達には見せない特別な面で羨ましく思いますが,桂さんは逆に私達と居る三津さんの方が素の姿に見えてるんじゃないですかね? 要はないものねだりです。」 「そっか……。帰って来はったらちゃんと話してみます。」 三津は少し気が楽になったと笑った。 「ふふ,また二人の秘密増えちゃいましたね。斎藤一の事。」 「それはもう秘密やなくて弱みなんですけど……。」 にやりと笑った顔に身震いした。やっぱり何を考えてるか分からない。 「秘密ですよ。別にそれで三津さんを脅す気なんてさらさら無い。 私は二人だけの秘密を持つ事でみんなの知らない私だけの三津さんを見てる気になって悦んでるんです。」 「はぁ……。」 「では桂さんにどうやって帰って来たかを聞かれたら私に保護されたと言う事にしときましょうね。」 そうしてもらえると助かる。三津はお願いしますと頭を下げた。 「上手に嘘ついて下さいね。あとはあの馬鹿牛がいつ藩邸に戻るかですけど。」 多分三津に会おうとこの家に来たかったが道に迷ったんだろうなと入江は予想した。 「多分三津さんが外に出たと聞いたら桂さん血相変えて飛んで帰ってきますよ。」