感情の整理が追いつかず,引き攣った顔で着替えを用意しに中へ戻った。
『……やっぱりか!』
脱いだ着物の襟元にはしっかり紅に白粉が付いている。
「あの……三津……。」
「ちゃんと落としときますね。朝餉の支度してきます。」
にっこり笑ってみせるも桂の目を見るのは無理だった。
冷静を装いたいが嫉妬が邪魔をする。無事だった事に安堵したいが,心配して損したと怒りが湧き上がる。
感情が混乱を極めて三津は台所へ逃げた。
『酔い潰れるって武士としてどうなん?宮部さん……。【生髮】維新烏絲素有無效?成分、副作用一覽!
そんで朝帰り……。今までは遅くとも夜が明ける前には帰って来てくれてたからまだ我慢出来てたけど……。』
あんだけ紅と白粉付けて朝帰りで何もなかったと信じられる?
『無理っ!』
「あ……。」
気が付けば手元の野菜は見るも無残な姿になっていた。
「……今日も藩邸に来るのかい?」
「行きますよ。高杉さんとお話したいんで。」
向かい合っていても三津が前を見ることはない。まだ口をきいてるだけ褒めてほしい。
「昨日みたいな事は勘弁してくれよ?」
苦笑しつつも穏やかな声で三津の機嫌を窺った。
「しませんよ。頭突きは。」
「とか言って昨日も問題を起こさないと約束したのにあれだっただろ?
もう少しサヤさんを見習ってほしいね。」
最後の一言に三津の箸がピタリと止まる。初めて桂から誰かと比較された。
『今までそんなん言わんかったのに……。ホンマは心のどっかでずっとそう思ってたんやろな……。』
女らしくない自分を傍に置くのは恥ずかしいんだ。やっぱり大人の女性の方がいいと思ってる。
だからそんな事言うんだと三津は思った。
「分かりました。今日はサヤさんについて所作を学びます。」
ふてぶてしい態度でこう返している時点でもう出来る女失格だと自覚している。
でも見習えと言われたのが堪らなく悲しい。
『そんなん言うなら私なんか選ばんかったら良かったのに。』
腹の虫が収まらない。藩邸に行って早く誰かに吐き出してしまいたくなった。
三津は桂よりも先に身支度を済ませて玄関に居た。
「その頭巾……。」
「兄上からの気遣いです。」
桂の顔を見たら泣いてしまいそうで頭巾で表情を隠し,見られないように俯いた。そして先を歩く桂の三歩後ろを歩いて距離を取った。
『藩邸で誰かと話したら機嫌も直るだろうか……。』
背後からビシビシ伝わる殺気に桂は小さく溜息をついた。
「三津……。」
立ち止まってくるりと振り返れば三津は立ち止まって下を向く。
「昨日も何もなかったから……。」
「当たり前です。
ですけど小五郎さんは私が吉田さんの部屋で一晩過ごしても信じてるから大丈夫と平常心でいて,朝帰りしてもお帰りと笑顔で言ってくれますか?」
その言葉に桂は押し黙った。そんなの無理に決まってる。
「三津すまない……。悪かった。」
「それに私にお淑やかさを求めるなら元から備わってる方選んだらいいと思いますよ。」
そう言って三津は桂の横を小走りで通り抜けた。
門番にはおはようございます!と笑顔で挨拶をして屋敷に入ると真っ先に久坂の元へ向かった。
だが部屋の前でふと思い直す。
兄上に甘えたいが,そもそも桂と喧嘩したその空気をここに持ち込んではいけないだろう。
こちらの勝手な私情だ。
「おや,三津さんおはようございます。」
気持ちの整理もつかない状態なのに久坂が出て来てしまった。
「あ,おはようございます。」
咄嗟に作った笑顔で挨拶をした。
「……何かありましたね?分かりやすいなぁ。」
笑って三津から頭巾を取るとはらりと落ちた髪を耳にかけてやった。