自分も木戸の妻だ。だが武士の妻とは何なのだろう。それだけが頭に浮かんだ。雅は会釈をしてまた我が子の手を引いて歩き出した。 三津は立ち尽くして親子の背中を見送るしか出来なかった。それからとぼとぼ屯所の中へと戻った。 肩を落として戻って来た三津の頭を,入江はただ黙って撫でた。その優しい手の動きに三津の涙腺は崩壊した。 何の涙か分からない。混ざり合った色んな感情が込み上げて溢れ出した。 「どうした嫁ちゃん……。」 三津の泣く声を聞きつけた山縣も優しく背中を撫でてやった。 三津は泣きじゃくり,何度も両手で涙を拭って顔を上げた。https://www.liveinternet.ru/users/johnsmith786/post504877489/ https://www.bloglovin.com/@johnsmith4486/12581793 https://johnsmith123.pixnet.net/blog/post/148063774 そして入江の背後に悲痛な顔で佇むおうのを見て,余計に視界がぼやけてしまった。 「いつも傷付くのは女やな……。」 入江が呟くとおうのもぼたぼた涙を流した。 「私のせいで雅さんと梅の進ちゃんは高杉様のお傍に居られないんですよね……。私はお二人に何とお詫びすればっ……。」 おうのはその場に膝をついて泣き崩れた。 自分は雅の足元にも及んでなかった。まざまざと本妻の威厳と風格を見せつけられた。 「おうのさん,落ち着いたら晋作の所に戻っちゃり。雅さんがここに来られたって事は晋作の親はもうあっちには居らんやろ。それに勘当されたなら晋作が頼れるのはもうおうのさんだけやけぇ。」「呼べるもんなら呼んでみ。」 入江は挑発的に横目で山縣を見た。 今朝,伊藤が急遽遠方へ出向く羽目になったとぼやいていたのを知っている。だから邪魔者はいないのだと分かっているのだ。 「お前立場を弁えると言っただろうが。なぁ?参謀。」 その声に入江は瞬時に三津から飛び退いてピンと背筋を伸ばした。桂より質の悪い相手が現れてしまった。 「またお仕事放棄して市中散策ですか?」 三津は苦笑して,胸の前で腕を組んで仁王立ちの元周の方へ体を向けた。何とも絶妙な所で現れたもんだ。 「違う。松子はいつも我が遊び回っとると思っとるのか?今日は職務のついでに高杉の様子を見に行って来たところだ。」 「うわぁ高杉今日は厄日か。」 「山縣,どういう意味だ。」 『今日も山縣さんは山縣さんやな……。』 怒りに満ちた顔で詰め寄られる山縣を三津は哀れみの目で見つめながら心の中で手を合わせた。 自分から注意がそれた事に安堵した入江は,墓穴を掘った山縣を心の中で笑った。 そんな二人に元周は鋭い視線を向けた。気を緩めていた二人は一瞬で表情を引き締めた。 「松子,何かあれば私を頼れと言ったのに何故頼って来ん。」 「あー……。特に困るような事もなく……。」 無理くりにでも用事を作って出向くべきだったかと反省した。元周の所へ行こうが行くまいが結局面倒臭い事この上ない。 「高杉も似たような事言っておったわ。」 元周はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。その仕草が三津には拗ねてるように見えた。 「高杉さんも天邪鬼ですし素直に頼るような人やないですからね。でも元周様のお気持ちは嬉しく思ってると思いますよ?」 「さぁ?どうだか。」 『本当に面倒臭いな。』 三津はこれが藩主様じゃなければ舌打ちをしてるところだったと思った。 「元周様に優しくされるのがこっ恥ずかしいと言うか照れくさいんちゃいます? それに一つ言うと,元周様は常にみんなから頼られてますよ。この町の人達は活気に溢れて暮らしてます。住み良いのが表情に出てます。 それは藩主様である元周様のお陰でしょう?だからみんな元周様を頼りにしてます。 だからここで油売らんとお戻りになって。」 三津はこれでもかと言う満面の笑みで元周の顔を覗き込んだ。 「本当に……お前は大した人たらしやな。松子に免じて今日は勘弁してやる。」 元周はビシッと入江と山縣を指差した。 「松子,木戸に飽きたらいつでも来い。我の方がいい男やぞ?」 「元周様,千賀様に言いつけますよ?」 三津は満面の笑みで言い放った。