その頃 濃姫はというと、自室の前庭に出ていつもの薙刀の稽古に勤しんでいた。
「ぃやー!!」「とぉー!!」と声を上げながら、右へ左へ、前から後ろへと一心不乱に薙刀を振り回している。
それは最早稽古というよりも、目の前の不安や憂さを振り払おうと、懸命に藻掻いている様でもあった。
そんな濃姫を気にかけて https://classic-blog.udn.com/3bebdbf2/180760349 https://carinaa.blog.shinobi.jp/Entry/6/ https://ypxo2dzizobm.blog.fc2.com/blog-entry-99.html
「先程から半刻以上もそうなさっておられますよ。そろそろお止めになられては如何です?」
縁から三保野が声をかける。
「…止めぬ!殿が無事に戻って来るまでは、この身は休ませぬ!」
「左様な事をなされては、お身体に毒でございますよ」
「それでも一向に構わぬ!」
「姫様っ」
「殿と父上様が生きるか死ぬかの瀬戸際に、何もせず、ただ時が経ていくのを待っている事など出来ませぬ!」
濃姫はヒュンッと大きく空を切ると、薙刀の石突を地に据えて、静かに三保野の方へ振り返った。
「そなたも、いざという時に備えて武器を手に致せ」
「いざという時?」
「もしも殿に粗相があれば、今日の内にも美濃の軍勢が、この城に攻め込んで来るやも知れぬ故」
「ま…まさか」
「その“まさか”をなさるのが父上様じゃ。尾張一円を奪う為ならば、娘の存在など顧みず、矢でも鉛玉でも遠慮のう撃ち込んで参るであろう」
「けれど、美濃の殿様も鬼ではありませぬ。姫様のお命はお助け下さるのでは?」
三保野の問いに、濃姫はやおら複雑そうな表情を浮かべる。
「そうじゃな……確かにそうかも知れぬ」
確かに、かつて道三は
『 尾張と再び戦になったとしても、帰蝶、そなたの命だけは儂が全力で守ってみせよう 』
そう告げてくれた。
その言葉が、敵国へ嫁ぐ自分の心をどれだけ解きほぐしてくれたか知れない。
父の役に立とう、美濃の為に出来る限り力を尽くそうと思っていたのも事実である。
だが、あの時と今ではすっかり状況が違うのだ。
「私は参らぬ──」
そう答えるなり、濃姫は再び三保野に背を向けて薙刀を振り始めた。
「父上様が助けを寄越して来たとしても、私は参らぬ。武器を手にし、籠城する覚悟じゃ」
三保野はあっと声を上げ、本気か!?と言いたげな面持ちで、姫の背中を見据えた。
「私が今すべき事は、残った者たちと共にこの城を守る事じゃ。おめおめと逃げ出す事ではない」
「しかし姫様…っ」
「殿は私に“信じよ”と仰せになった。ならば私は、殿のそのお言葉を信じます」
決然として言い切る姫の華奢な背中が、三保野の目には何とも大きく映った。
一人の女としては、是非とも、夫を想う濃姫の気持ちに沿いたい…。
しかし、姫に仕える侍女頭としては、彼女の好き勝手をこのまま見過ごす訳にはいかなかった。
「姫様が、殿をお大切に思う気持ちはよう理解しておりまする。最後まで殿を信じたいと思われるそのお心も」
三保野の言葉に、濃姫は我が意を得たりと頷く。
「されど、時と場合をお考え下さいませ。あなた様のように、同盟の為に敵国に嫁いだ姫君は、その生家が送り込んだ間者も同じ。
舅と婿の間で戦が起これば、婚家の内情を密かに知らせ、生家の勝利の為に尽力するのが習いにございます」
「その習いの為に、殿を裏切れと申すのか?」