が、途端に 「無用じゃ!下がっておれ!」 道三の太い嗄れ声が座に響き渡り、家臣たちは慌てて身を引いた。 「──何か、お気になる事でもございましたか?」 信長が畳の縁に視線を落としながら、淡々とした面持ちで訊ねる。 道三は自席に着きつつ 「いや何、儂を年寄り扱いしてか、膝掛けなどを運んで来ようとする小姓がおった故、叱りつけてやったじゃ。 …おお、あの者、慌てて奥に引っ込みおったわ」 如何にも芝居くさい口調で語りながら、誰もいない奥の間の方へ目をやった。 「それはそれは──。されどそれとて、山城守様のお身体を気にかけての事。どうぞ、その者をお咎めになられませぬよう」 「お気遣い痛み入る。https://plaza.rakuten.co.jp/mathewanderson/diary/202406210000/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/81705e21ca3031cd5920d4a94149f963 https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/06/21/211815?_gl=1*jc3rye*_gcl_au*MTY2OTkwNTc4OC4xNzE4OTcyMTIz 婿殿の寛大なお心のおかげで、あの小姓も無用な叱りを受けずに済みまするぞ」 そう言って道三は豪快な笑い声を立てた。 肥えて丸くなった彼の背中に、冷たい汗がスッと流れる。 『 こやつ、何もかもを見通しておる。 …鷹の如く鋭き眼を持つ男じゃ 』 信長の反応から、こちらの動きを何もかも読まれていると察した道三は、思わず肝を冷やした。 この場には美濃方の家臣たちが多く控え、信長の供といったら介添えの者が二名、座敷の前の縁に控えるばかりである。 喰うか喰われるか。 いつ何が起きてもおかしくない状況の中で、背筋を真っ直ぐ伸ばし、ひたと相手をだけを見据え続ける、信長の面差しの何と涼しげなことか。 蝮と恐れられる自分との対顔で、ここまで顔色一つ変えぬ人間は初めてだと、道三は驚きを通り越して感心してしまった。 『 信長殿は大将の器…。どうやら最初に抱いた儂の直感に、狂いはなかったと見ゆる 』 そう思った瞬間、道三の中に溢れていた強烈な殺気が、見えない光の粒となって身体中から迸(ほとばし)り、 陽炎のように揺らめいて、そのままふっと虚空に消えていってしまった。 道三は苦々しい敗北感を味わいながらも、俄に心の中が軽くなったように感じていた。 「のう──婿殿よ、一つだけそちに訊ねたい」 「何でございましょう?」 「これは仮の話じゃが、もしもこの儂がどこぞの軍勢に攻められ、命の危機を感じる程の状態に陥った場合、そなたは如何する?」 「無論、我が兵を率いて美濃へ赴き、山城守様に加勢致しまする」 信長は何の迷いもなく答えた。 「ほぉ、助けに来てくれると申すか」 「貴殿は某の舅であり、我が妻の大事なる御父君にございます。舅に力を貸すのは、婿として当然の事かと」 その杓子定規な返答に、道三が喜びとも嘲りともつかぬ微笑を浮かべていると 「しかしながら山城守様……いえ、親父殿」 信長は線のように双眼を細めながら、更に言葉を重ねた。 「如何に舅と婿の間柄であろうとも、事と次第によっては、親父殿のその首、 某が手ずから斬り落さねばならぬ日が来るやも知れませぬ」 「おぉ…。儂のこの首を斬ると申すか?」 「親父殿が儂にとっての同盟相手として不足と感じた時。或いは物の役に立たぬと判断した時は、そのお命、遠慮のう頂戴つかまつる所存にございます」 そう告げる信長の、鋭く、射抜くような眼差しが、彼の“本気”を感じさせた。 道三は信長の視線を浴びながら、無造作に首を上下に振ると 「怖い物知らずとは、まさにそちの事よな」 悪戯っぽく笑った。 「ひたすら儂の機嫌取りに尽くせば良いものを──。左様な露骨な物言いが、戦に繋がるとは思わぬのか?」 「思いませぬ」 「何故(なにゆえ)じゃ」