父も無事、そして夫も無事。 その上 両者が何の蟠(わだかま)りもなく会見を終えたのであれば、姫にはもう言う事はなかった。 ただただ“良かった”と、そう思うばかりである。 状況が状況でなかったら嬉し涙を浮かべ、信長の帰城を声に出して喜ぶところであったが 「今宵は寝てはならぬ!寝てはならぬぞ濃!あはははは」 「……」 どうやら、妻としての役目を果たす方が先のようであった。https://www.easycorp.com.hk/blog/complete-guide-company-incorporation-in-hong-kong/ 「──まぁ、信長殿が私にこの椿の花を?」 「──ああ。そなたへの挨拶代わりじゃそうな。尾張の大うつけにしては、随分と洒落た真似をしおるであろう」 その日の夜更け。 無事に美濃へと戻って来た道三は、稲葉山城・麓の館にある小見の方の居室を訪れて、 信長が正徳寺の庭で摘んだあの美しい紅椿の花束を、約束通り小見に手渡していた。 小見の方は「綺麗…」とうっとりとした様子で呟くと、床の間に活けてある白梅の花瓶の前に歩み寄って、 貰った紅椿を一枝一枝、見映えなども考えつつ、丁寧にその脇に挿し入れてゆく。 「……されど、あなた様がご覧になられた限りでは、信長殿は大うつけなどではなかったのでございましょう?」 小見が花をいじりながら訊くと 「ああ。一時は奴(きゃつ)の計算に惑わされて、まことのうつけかと思い落胆もしたが……いやはや、これがまた、なかなか強かな賢人であった」 道三は信長の面構えを思い出しながら、どこか愉しげに笑った。 「この儂を前にしても終始涼しい顔をしておってな、小憎らしい程に落ち着き払っておるのよ」 「まぁ。それは随分と腹の据わったお方ですこと」 「帰路にて家臣らにも言うたのじゃがな、近い内に我が息子たちは、あの婿殿の門前に馬をつなぐことになるやも知れぬぞ」 「門前に馬…」 小見の方の涼しい細目が、ふと食い付くように道三を認めた。 「それはつまり、いずれ義龍殿らが、信長殿の家臣に落ちる日が来ると、そう仰るのですか?」 「家臣とまでは申さぬが、少なくとも婿殿の前に傅(かしず)く日がやって参るであろうよ。必ずな」 「殿が左様に仰せられるとはお珍しい。随分と信長殿を買っていらっしゃるのですね」 「買っているどころではない、今日一日ですっかり骨抜きにされてしもうたわ」 「まぁ、それは大変」 夫婦の間に朗らかな笑い声が響いた。 「なれどな、小見。あの婿殿に最も骨を抜かれておるのは、どうやら我らの娘のようじゃぞ」 「帰蝶が──。 此度の会見の場に、あの子も参上していたのですか?」 「まさか。婿殿から色々伺うてのう」 「帰蝶は元気でやっているのでしょうか?」 「ああ。尾張では濃姫などと呼ばれておるようでな、幸いな事に、輿入れてから今日(こんにち)に至るまで一つの病もこれなく、至極健勝に過ごしておるようじゃ」 妻を安心させようとする優しさからなのか、道三はいつにない穏やかな口調で告げる。 「それを聞いて安堵致しました。敵国であった尾張に嫁いだばかりに、不遇な扱いを受けているのではないかと、日々案じておりました故」 すると道三は、笑いながら「いやいや」とかぶりを振った。 「不遇どころか、帰蝶め、上手く夫の心を掴んでおるようでのう。話に聞く限りでは、おなごとしての幸せを謳歌しているようであった。 ……ここだけの話、婿殿と手を組み続けるか否か、その判断にとどめを差したのは、誰あろう帰蝶なのだ」 「まぁ、あの子が?」 「それも、目に見える無言の警めをもってな」 「無言の警めとは、何のことでございましょう?」 「ん? ──いや、それは申せぬ。これは儂と帰蝶との間だけの、密事(みそかごと)故な」