濃姫はサッと顔を上げると、信勝や土田御前に「少し失礼を致します」と告げ、その場を中座した。 夫を出迎えようと、濃姫が城の長廊下を足早に進んで行くと 「──殿っ!」 焦りの形相で駆けて来る信長と鉢合わせた。 知らせを受けて大急ぎでやって来たらしく、微かに冷気の残る季節だというのに、信長は真夏のように汗だくだった。 「濃!親父は!…親父は無事か!?」 「意識はございますが、大変危険な状態でございます」 「親父はどこにおる!?」 「案内(あない)つかまつります」 濃姫は素早く踵を返すと、信長を連れて元来た道を戻り始めた。 BOTOX止汗針 | BOTOX香港「──大殿!!」 「──しっかりなされませ!大殿!」 「──ち、父上!わたしの声が聞こえますか!?」 二人が信秀の寝所の前にやって来ると、中から信勝や家臣たちの、嘆声にも似た叫び声が聞こえてきた。 濃姫と信長の顔に緊張が走った。 「親父ッ!!」 信長が慌てて寝所に駆け込むと、信秀の布団の周りを、医師や家臣たちが緊迫の面持ちで取り囲んでいた。 思わず最悪の二文字を脳裏に過らせた信長だったが、この時、信秀にはまだ若干の息があった。 信長は医師や家臣たちを掻き分け、急いで信秀の横に座すと 「しっかりしろ親父!まだ早過ぎる…!逝ってはならぬぞ親父殿!!」 涅槃へと旅立ちかけている信秀を引き戻そうと、必死に声をかけた。 すると信秀の身体が一瞬ピクリと反応した。 それと同時に、伏せていた目蓋が、ほんの僅かに持ち上がる。 「─! お、親父!聞こえるか!?親父!」 耳元で信長の声が響くと、信秀の右手が弱々しく上がり、誰かの手を求めるように、宙でふらふらと揺れた。 「……の…ぶな…」 信秀の渇き切った口から、絞り出すような呟きが漏れる。 信長は父の手を取ると、自分の存在を伝えるようにギュッと固く握り締めた。 「信長はここじゃ!儂ならばここにおるぞ!」 「………む…」 何かを告げようとする父の口元に、信長はハッとなって耳を近付ける。 「何だ!? もう一度言うてくれ!」 「……」 「親父!頼む、もう一度言うてくれ!」 「……」 「もう一度!!」 「………た…のむ…」 信長の双眼が大きく見開かれた。 そのたった一言に、息子に対する信秀の思いが全て詰まっていた。 織田家を頼む。 後を頼む。 家族を頼む。 家臣たちを頼む。 この尾張を頼む──。 信長は悲痛な面持ちで、強く唇を噛み締めた。 反発することも多かったが、それでも心の底では偉大な父を慕い、敬っていた。 この父の背中を越えることが、信長にとっての一つの目標でもあったのに…。 親族の中で唯一自分を信じ続けてくれた父の忌の際に、何も為すことが出来ない自分自身を、信長は大変情けなく思っていた。 そんな信長を励ますように、信秀は瀕死の身に残った力を振り絞り、握られた手を力いっぱいに握り返した。 「………」 信長は微かに潤んだ瞳で、力なく父の面差しを眺めた。 赤みを失った信秀の唇の両端が、緩やかにつり上がてゆく。