「母上、それにつきましては──」 「いいえ、良いのです、分かっておりまする故。那古屋城を一門の誰ぞに与えでもしたら、いつ内紛を起されるか分かったものではありませぬからな。 ましてや信光殿のように、尾張下二郡と那古屋城を得、信長殿に並び立とうとする程の勢力を持たれたお人ならば、そなた様もさぞや御脅威と感じられた事にございましょう。 少なくとも家臣の手に預けていれば、那名古城は信長殿の手中にあるも同然。加えて下四郡がそのまま手に入ったとあらば……、https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202407230000/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/eed213bf8c6f9cce1f0cd2867fe749d4 https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/08/08/163342?_gl=1*1ax79uh*_gcl_au*MTY2OTkwNTc4OC4xNzE4OTcyMTIz 信長殿、そなたは何も失わずして全てを手に入れた事になるのじゃ」 何もかも信長が得する方向にばかり事が進んでいると、報春院は含みのある微笑を漏らした。 それが事実である故か、信長はあえて何も言い返さなかったが 「いい加減にして下さいませ母上」 信勝が静かに一喝した。 「それが久方ぶりに会(お)うた母と子が交わす言葉とはとても思えませぬぞ」 「信勝殿…」 「お許し下さい兄上。口さのない侍女たちに吹き込まれた噂話を、どうやら母上は本気になされたご様子にございます」 「な、何を申されまする!私は──」 「気に致すな信勝、母上の癇癪はいつもの事じゃ。御髪を下ろされてより後、父上の御霊を弔う日々にばかりに身を置いておられる故、母上もついそのような噂に興をそそられたのであろう」 信長はその場を収めるように告げると、今ひと度、報春院の顔を見て 「母上」 「……」 「もしも儂が叔父上を殺めるのであれば、時期を見計ろうて、もそっと上手う事を進めまする。人の噂に立つような、ましてや母上などに悟られるような愚かな真似は致しませぬ」 「何じゃとっ」 「お濃!」 「…は、はい」 「母上は些(いささ)かお気が立っておられるご様子じゃ。奥へお連れ致し、茶でも点てて差し上げよ」 冷やかな声色で告げる信長。 そんな息子を憤然として睨み付ける報春院。 濃姫は暫し戸惑い気味に、二人の面差しを交互に見やると 「承知致しました。……千代山殿、義母上様を奥へご案内申せ」 広間の入側に控えていた老女・千代山に命じて、直ぐさま報春院をその場から連れ出した。 「お待ち下さいませ!大方様!大方様っ」 奥御殿へ続く長い渡り廊下を、報春院は案内(あない)役の千代山を追い抜いて、一人先へ先へと進んで行く。 報春院の顔面は朱に染まり、わき上がる怒り感情の表れなのか、床を踏み締めるその一歩一歩の音が非常に大きかった。 「義母上様、奥向きは広うございます故、左様にご勝手に進まれましては迷い子になりまする。どうぞお止まりを!」 千代山が追いかけて行く後を、数歩遅れで、侍女たちを伴った濃姫が足早に追って行く。 すると報春院は、急にその足を止めると 「何が迷い子じゃ!わらわを子供扱い致すでないわッ」 くるりと振り返り、濃姫に一喝した。 「義母上様─」 やっと立ち止まってくれた事に、千代山共々ほっとしていると、報春院はその場で地団駄を踏み 「嗚呼、今思い返しても腹が煮える!子が母に対してあのような物言いを致すとは!僭越にも程がありまする!」