「そのように声をお荒らげになられますな。…おなごたちも見ております故」
濃姫は背後の侍女たちを一瞥して言った。
「聞きたい者は聞けば良いッ──。何が“叔父上を殺めるのであれば、時期を見計ろうてもっと上手う事を進める”じゃ! https://kiya.blog.jp/archives/25478081.html https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/08/10/003734 https://kiya.blog.jp/archives/25478087.html
そもそも密事であろう起請文の一件が皆々に知れ渡っている時点で可笑しいではないか!?
大方信長殿が、信光殿謀殺の疑惑をかき消さんとして、わざと神罰云々の噂を巷に流したのであろう」
何せ神仏の加護や祟りなどを殊の他信じていた時代である。
陰謀や謀反よりも、天道に背いた故の逝去という方がより人々の関心を引いたのである。
「殿はそのような事をするお方ではございませぬ」
濃姫は否定するが、報春院は疑念を薄める事はなかった。
「那古屋の城の事とてそうじゃ。先の村木砦の戦の折に弟の通具殿共々出陣を拒み、信長殿を窮地に追い込んだ佐渡守殿に、何故城代などを任せる!?」
「ですからそれは、筆頭家老である佐渡守殿を信頼して…」
「いいや、そうではない!信長殿は、佐渡守殿の動きを封じようとしておるのじゃ。那古屋城を与えた大恩を盾に、これ以上あの者が異心を抱かぬよう仕組まれたに相違ない」
「──」
報春院の言い様は些か大仰かも知れないが、確かにそれも一理あると姫は思った。
如何に秀貞が信勝に傾倒していようとも、兵力も臣下からの信望も備わっている筆頭家老を、信長もそう易々と見切る事は出来ないはずである。
二心を抱かせぬ為、または尾張統一を目指す次なる戦に備える為に、信長は、秀貞が甘んじてこちらの御意に従うよう策を弄したのかもしれない。
と、そんな事を真摯な表情で考えている姫の横顔に
「お濃殿。そなたかつて私に、信長殿はうつけではなく賢人であると、そう申した事があったな?」
ふいに報春院は細い目をして訊ねた。
「…はい。申し上げました」
「今ならばあの時の言葉、容易に信じる事が出来まする。信光殿と共謀し、己の手を汚さずしてこの清洲の城を手に入れたのじゃ。ただのうつけ者では成し遂げられぬ事よ」
「義母上様」
ここに来てようやくそれを理解してくれたかと、濃姫は安堵の笑みを湛えた。
「──なれど」
「 ? 」
「あの子は織田家当主の器ではございませぬ。如何に賢く、戦の才があろうとも、人間には生まれ持った資質というものがありまする。
未だに信勝殿と家臣団の支持を二分しているようでは、信長殿は真の当主とは言えないのではありませぬか?」
「それは…」
「品行方正にして文武両道、重臣たちの信頼も厚い信勝殿こそ、織田家の長(ちょう)として相応しいお方と、私は今尚そう思うておりまする。
故に信長殿には、一日も早く当主の座から退いていただきたい…。それが私の悲願であり、必ずや成し遂げねばならぬ、母としての責務なのです」
中庭に置かれた大きな庭石に視線を当てながら、報春院は決意的に語った。
濃姫はもう堪らなくなって
「何故なのです……何故そこまで殿をお怨み申されるのです?信勝殿同様、殿とて義母上様がそのお腹を痛めて生んだ御子ではありませぬか!?どうしてそんなにも、殿を疎んじ、お嫌いになられるのですか!?」