薄いが形の良い口元、すっと通った高い鼻筋に長い睫毛、女人のように細い下顎に、白い肌。
眠っている分いつものような権高さや雄々しさが排され、生まれ持った素の美しさが滲み出ていた。
濃姫は思わず苛立ちを忘れて夫の顔立ちの麗しさに見とれてしまっていたが
『 ようお眠りになっておられる。私がこのような夜更けになっても寝付けずにいるのは、あなた様のせいだと申しますのに… 』
ちょうど怒りと平静との中間に立っていた濃姫は、その僅かに残った憤りをぶつけるように、すやすや眠る信長の頬を軽くつねった。
何の反応もないので、そのままもう片方の頬もつねってみる。
いつもならば何事にも敏感に反応する信長だが、この日はよほど疲れていたのか本当に無反応だった。https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202407230002/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/c6c97fcc5f1cb9d73923faf51ef19cfe https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/07/25/003935?_gl=1*zcfq5s*_gcl_au*MTY2OTkwNTc4OC4xNzE4OTcyMTIz
「これでよく寝ておられますこと」
濃姫は呆れたような表情を浮かべると、やおら悪鬼のように微笑んで、両の手で摘んだ信長の頬をそのまま下に伸ばしてみた。
すると、今まで見たこともないような滑稽な表情が出来上がり、濃姫は小さく、吹き出すようにして笑った。
今度は真上に上げてみる。
「ふふっ」
横に伸ばしてみる。
「んふふ」
中央にぎゅっと寄せてみる。
「ふふふふっ」
可笑しくて可笑しくて、濃姫は大声を上げて笑いたい衝動にかられた。
「ああ…可笑しい」
思わず声に出して言ったその時、夫の顔を眺め返した濃姫の顔が、血を引き抜かれたように一瞬で真っ青になった。
伏せていた信長の目がカッと見開き、天井を睨み付けていたのだ。
姫の白い寝間着の背に、じんわりと脂汗が浮かび上がった。
「……殿…」
濃姫が茫然として呟くなり、信長はガバッと勢い良く上半身を起こした。
慌てて濃姫は床の上で三つ指をつくと
「お、お許し下さいませ!出来心とはいえ、私、とんでもなき事を…!」
「………来る」
「え?」
信長の双眼が機械的に出入口の戸襖へ向いた。
するとシュシュシュッと遠くから衣擦れの音が聞こえ、やがて
「──ご無礼つかまつりますっ」
小さいが、やや焦りの感じられる声が戸襖の前で響いた。
「このような夜更けに何用じゃ?」
信長が問うと、襖が静かに横に開き、夜着の上に打掛を羽織った三保野が、切羽詰まったような顔付きで寝所内に入って来た。
「お休み中のところ、まことに申し訳ございませぬ。只今美濃より、火急の知らせが届きましてございます」
美濃と聞き、濃姫も思わずその身を三保野の方へ向けた。
道三と義龍の一件を知ったばかりだったせいか、“火急の知らせ”と聞くなり、異様な程の胸騒ぎを覚えたのである。
三保野は一瞬、辛そうに顔を俯けると
「斎藤孫四郎様、ならびに喜平次様、共に、ご逝去あそばされました…っ」
無念さを露にしつつ、言葉を区切るようにして告げた。
濃姫はわっと双眼を広げるなり、間も置かずして激しくうち震えた。
「…孫四郎と…喜平次が……。そ、それは間違いないのか!?」
「はい。それも、兄上・義龍様の手によって、謀殺あそばされた由にございます!」
「──!!?」
濃姫は驚きのあまり言葉も出なかった。
大好きだった兄が、あの穏やかで温厚だった兄が謀殺を…。
それも我らの弟たちを殺めたと…!?
信じ難い話に濃姫の身体の震えは激しくなり、思わず信長の身にしな垂れかかった。
「お濃…」
妻の心中を慮ってか、信長は姫をそっと受け止めると、震えるその身を鎮めるように姫の背中を優しく撫でた。