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「案ずるな、儂は必ずそなたの元へ戻って参る

「案ずるな、儂は必ずそなたの元へ戻って参る。吉報を土産としてな」 姫は不安の濃く浮かぶ顔に小さな笑みを作ると、ゆっくりと頭を垂れた。 「どうぞお気をつけて。…父上様のこと、お願い申しまする」 「分かっておる。──お濃、留守を頼んだぞ」 信長は笑顔を一つ残して、その場から去っていった。 遠ざかってゆく夫の背中に目を向けることもなく、濃姫はひたすら頭を下げ続けた。 これが、無力な今の姫に出来る精一杯のことであった。https://plaza.rakuten.co.jp/mathewanderson/diary/202407220000/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/df9aa3ed7e2f0470fd20f44ba63138db https://ameblo.jp/mathewanderson/entry-12860913731.html   信長が清洲城を発った翌十九日の巳の刻。 「不垢不浄 不増不減 是故空中 無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界……」 奥御殿の仏間にこもり、信長と道三の無事を願ってひたすら読経を捧げる濃姫の元へ 「御免つかまつります。……お方様、暫しよろしゅうございましょうか?」 二通の文を携えた老女の千代山が、遠慮がちに顔を出した。 千代山が声をかけるなり、濃姫は読経をやめ、伏せていた双眼を薄く開くと 「何用じゃ」 視線を前に向けたまま静かな声色で訊ねた。 「それが、美濃のお父上様よりお文が届いているのでございます」 「…父上」 濃姫はわっと目を広げると、素早く膝を千代山の方に向け直し、彼女が手にしている文を睨(ね)め付けるが如く眺めた。 「二通届いておりまする。一通は殿に。そしてもう一通は、お方様に」 言いつつ千代山は、文を二通重ねて姫の手に預けてゆく。 道三の字で『婿殿へ』『帰蝶へ』と記された二通の文を、濃姫が難しそうな表情で眺めていると 「畏れながらお方様、そのお文、早々にお検めになられた方が良いのではございませぬか?」 「…え」 「このような状況にございます故、何か急ぎの用やも知れませぬ。せめてお方様のお文だけでも、先に開封なされてみては如何でしょう?」 千代山の最もらしい進言に、濃姫は頷くことも首を振ることもせず、暫し二通の文をじっと眺め続けると、 ふいに意を決したように信長宛の文を一旦脇に置き、自分宛の文をゆっくり開封していった。 何か徒ならぬ知らせが書いてあるのではないかと思い不安なのだろう。 努めて冷静に振る舞っている姫だったが、無理をしているのが千代山にもよく伝わった。 濃姫は文を広げ、見慣れた父の字に恐る恐る目を泳がせていったが 「 ! 」 不安の面が一転、緊張へと切り替わったのを千代山は見逃さなかった。 「如何なされました?お文には何と」 「……どうやら入れ違いになったようじゃ…」 「入れ違い?」 姫は顔を上げ、脇に置いた信長宛の文を素早く手に取ると 「千代山殿、殿のもとへすぐに使者を遣わすのじゃ!この文を、一刻も早く殿のもとへ届けさせるのです!」 「されど何故にそのような──…」 「急げッ!」 怒声にも似た姫のひと張りに、千代山は慌てて頭を垂れると、文を持って足早に仏間を辞した。 そこへ入れ替わるように三保野がやって来て 「まぁ、千代山様のあの慌て様、一体何事でございますか?」 「三保野…」 三保野は、力なくこちらを見つめ返す濃姫の手元に目をやり「そのお文は?」と当たり前のように訊ねた。

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