しかし、ややあってから
「……お慈殿は、お濃の方様のことがお嫌いなのですか?」
とお養が訊ねると
「私が、お濃の方様を嫌い?」
お慈は実に不思議そうな顔をした。
「…お方様に対して、そのようにお厳しきことばかりを申されているので…」
お養が恐る恐る言うと、お慈は口元を三日月形に吊り上げるなり、弾けたように笑い出した。
これにはお養もきょとんとなる。
「何が可笑しいのです…?」https://open.substack.com/pub/carinadarling/p/spending-time-in-nature?r=4853yd&utm_campaign=post&utm_medium=web&showWelcomeOnShare=true https://www.debwan.com/blogs/562497/Gardening-is-a-rewarding https://rollbol.com/blogs/1873848/Remote-work-has-seen
「申し訳ございませぬ。お養様があまりにも異なことを仰せになるものですから」
そう言って、お慈はにんまり微笑むと
「嫌いなど、飛んでもございませぬ──。 寧(むし)ろ私は、お濃の方様をご尊敬申し上げているのですよ」
さも当たり前のように答えた。
思わぬ返答にお養は当惑する。
「されど、先ほどまでお方様を侮られるようなことを…っ」
「確かに私は、お方様を侮り、嘲るようなことを申し上げました。なれどそれは、
お方様が先ほど座敷で仰せになった事に、私が共感出来なかったという事が言いたかっただけで、
殿のご正室であるお方様を嫌いなど…、一度として思うたこともございませぬ」
微笑みながら述べる相手を、お養は怪訝そうな面持ちで見つめる。
「私、先ほど申し上げましたでしょう? 権力を得る為の最大の近道は “ 殿より絶え間なきご寵愛を賜ることじゃ ” と」
「……」
「では今、この織田家の女たちの中で、最も殿のご寵愛深きお方は、お養の方様、いったい誰だと思われますか?」
「それは……」
ふいの問いにお養は答えあぐねる。
そんな彼女を見て、お慈はまたふふっと笑うと
「大半の方々は、お世継ぎの奇妙様を筆頭に、茶筅丸君、五徳姫様と立て続けにお産みになられた、お類の方様だと思われているようですが、
それは違いまする。 ──この奥で最も殿のご寵愛を受けておられるのは、誰あろう、ご正室のお濃の方様です」
確信めいた口調で述べた。
「…何故、そのようなことがお分かりになるのです?」
お養が疑問に思って訊ねると、逆にお慈は “ 何故それが分からないのか? ” と言わんばかりの、唖然とした表情で相手を見つめ返した。
「言わずと知れたことではありませぬか。お方様は元々、美濃と尾張が同盟を結ぶ、その政略の証として殿にお輿入れあそばされたお方じゃ。
故に、殿と道三殿との絆が磐石であった頃は、お方様の尾張での存在理由もあられたが、道三殿が没した今となっては、もはや殿のご正室という肩書きだけしかありませぬ」
「……」
「婚姻による同盟が成り立たなくなっている今、御子のないお方様は、御髪を下ろして尼寺へ預けられるか、または離縁状を書かれ、
里に送り返されても不思議ではないお身の上じゃ。 にも関わらず、未だに殿のお側に留め置かれているのは何故か?」
「……亡き道三様のご遺言があるからではございませぬか?」
お養のふいの呟きに、お慈は鋭く反応する。
「それは、自身の後継者として、殿に美濃一国を殿に譲るという、あのご遺言のことですか?」
「ええ…。 道三様の姫君であらせられるお方様がお側にいなければ、そのご遺言も成り立ちませぬ故」
「つまりお養様は、殿が美濃を手に入れる大義名分の為だけに、お方様を側に置かれていると、そう申すのですね?
美濃一国が手に入った後は、殿も、お方様を早々に切り捨てるおつもりであると」
「な、何も私は、そのようなことまでは…っ」
「良いのですよ、そのようなことはどちらでも。実際にそう思うておられるお方は、あなた様お一人ではありませぬ。
この城内の人間の殆んどが、一度は左様なことを思うたことがございましょう。 …それはきっと、お方様ご自身とて」