「ですから、私はそのようなことは何も──」
「なれど私は、そのお考えは些(いささ)か早計過ぎるようにも思うのです」
お慈は相手の反論を遮るように言った。
「殿は外にお側女を幾人もお持ちになっているにも関わらず、そこに入り浸ることもなく、暇さえあればお方様の元へ参っておられる。
閨房の事も続いておられる上、殿は奇妙様をお方様のご養子にと考えておられるご様子じゃ。お世継ぎの養母(はは)となれば、https://slides.com/carinadarling/deck https://www.haggadot.com/clip/the-role-of-women-in-leadership-24-43-441009 https://pharmahub.org/members/36881/collections/sleep-is-a-fundamental-biological
お方様のお立場は更に揺るぎなきものに……。 あのお方が単なる政略の道具であれば、殿もそこまではなさるまい」
言葉にはしなかったが、何か特別な、愛情めいたものを感じるとお慈は密かに思っていた。
「とにもかくにも───後ろ楯も御子もなく、最も厳しい状況下におられながらも、殿より一番のご寵愛を注がれているお方様は、
まさに私が先ほど申した、主君の寵を持って己の権勢を保持してゆく生き方の、お手本のような存在です。
そんなお方様を、敬(うやま)い、見習いたいと思いはしても、憎悪の念などを抱いたことはございませぬ。早合点をなされますな」
「…お慈殿…」
お慈は、その華やかな面差しに冷めたい微笑を浮かべると
「覚えておいて下さいませ。私が望むのは、己が得られる最大限の権勢を手に入れることと、
私がこの手でお育て申し上げた奇妙様の、健やかなるご成長だけにございます。それ以上は何も望みませぬ」
まるでお養を言い銜(くぐ)めるような語調で告げた。
「何故、私にそのようなことを仰せになるのです?」
「同じ側室同士です故、教えて差し上げているのです。何事も、程々が肝心だということを」
「……」
「人は弱い生き物故、身の丈に合わぬ欲を持ち過ぎると、その重みに耐えられず、いずれは潰れてしまいまする。
なれど欲が軽ければ、一度潰れたとて、傷の治りも早く、再び自力で立ち上がることも叶うというものです。
──お養の方様も、いざという時の為に、お心掛けだけはなされていた方がよろしいかと」
お慈の得意げな態度に、穏やかなお養も、俄な苛立ちを覚えたのか
「…そ…そのようなお言葉は、御子をお産みになられてから申されませっ」
眉間に細い立て皺を寄せながら、吐き捨てるように言った。
思わずお慈は一驚の表情を浮かべる。
が、やがて嫣然と微笑むと
「そうですね。まだ皆様と同じ土俵にも立っていない私が、申し上げるようなことではございませなんだ」
お許し下さいませと、慇懃に頭を下げた。
「私もいずれ御子を身籠りましたら、殿にお頼み申して、外に屋敷を賜る所存にございます。
いけずな侍女方の目が光る、このような伏魔殿の如き場所に、いつまでも留っていたくはありませぬ故」
「……」
「そうなった暁には、どうぞよしなにお頼み申しまする」
お慈は、またにっこりと微笑(わら)って見せると
「では、次はお庭の方をご案内致しましょう──」
まるで何事もなかったかのように、再び前に向かって歩き始めた。
『 あの信長様がお選びになった方々故、篤実なおなごばかりが揃うているのかと思っていたが……そうではなかったようじゃな 』
十人十色とはよく言ったもの。
お慈はそう思いながら、地に足を吸われているような重々しい歩調で、目の前の長い廊下を進んでいった。
その日の夜。
「──じゃから、ついうっかりしていただけじゃと言うておろう!」
「──ついうっかりで、我が子の名付けを忘れる親がどこにいるというのです!?」
濃姫は、自身の御座所へ戻って行く信長の背中を、足早に追いかけていた。
やがて座所の御居間に入り、信長がドンッと上座に着座すると、濃姫もその傍らにすかさず控えた。
「聞けば、姫君が産まれて以来、一度もお養殿の屋敷には参られていないというではありませぬか?