「…はい。少々熱がありまして」 「部屋に医師を呼んだと聞くが、大事はないのか?」 「大事ございませぬ。熱も下がり、今はもう平気にございます」 「そうか…。ならば良いのじゃが、お慈やお養らがいたく心配しておった故、気になってな」 「楽しみ事に水を差すような真似をして、ご側室方にも申し訳なく思うているのです。明日にも文を書き、お詫びを申しておきましょう」 https://freeadsonline.biz/389/posts/1/1/3132426.html https://postherefree.com/61/posts/1/1/2101896.html https://adguru.net/en/%E3%80%8C%E7%88%B6%E4%B8%8A%E6%A7%98%E3%81%AF%E5%85%83%E3%81%AF%E6%B2%B9%E5%A3%B2%E3%82%8A%E3%81%A7%E3%81%94%E3%81%96%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%8C/113860?preview=1 「そこまでする必要はない。そなたはこの織田家の正室じゃ。その威厳を落とすような真似は儂の本意ではない」ないお言葉にございます。 …されど、無礼を働いたのは私にございます故、詫びの気持ちくらいは伝えなくては」 「律儀なおなごよのう」 「皆々にを垂れ、義を説いて参った私が、人としての道理を欠く訳には参りませぬ故」 姫らしい真っ当な言葉に、信長はふっとった。 「まぁ良い──奥の問題じゃ。そちの好きに致せ」 「有り難う存じます」 「腰。手が休んでおるぞ」 「あ…、申し訳ございませぬ」 濃姫は再び夫の腰を揉み始めると、一分も経たない内に 「……あの、れながら殿」 「ん?」 「私の方から一つ、申し上げたき儀がございます」 例の件を信長に伝えるべく、静かに切り出した。 「何じゃ。また何か頼み事か?」 「いえ、そうではなく……ご報告にございます」 「報告?」 「…私……懐妊を、致しましてございます」 濃姫は夫の腰を揉み続けながら、いがちに告げた。 「ほぉ、カイニンか」 「…はい」 「で、誰を辞めさせたのじゃ。あの三保野とかいう小姑のようにい女か?」 濃姫は一瞬 呆れたような顔をして「違いまする!」と、強くかぶりを振ると 「解任ではなく懐妊にございます。殿の御子を、私が身籠ったのでございますっ」 勢いに任せるように一気に事を告げた。 その刹那、信長は細い双眼を、眼球が飛び出すかと思われるほど大きく見開くと、 眉間に深い縦皺を寄せためしい表情で、跳ねるようにに満ちた眼差しが、一点に濃姫の美しい面差しに注がれる。 「……今…何と。……身籠ったと、そう申したのか?」 「左様にございます。懐妊にございます、殿」 「…懐妊──」 信長は視線を宙に泳がせながら、暫し茫然となっていた。 彼自身も待ち望んでいた濃姫の再びの懐妊である。 そのような折が来れば、きっと城中の誰よりも歓喜し、その目から涙すら流すだろうと、そう予想していた。 しかし不意打ちで告げられた慶事を前に、信長はその思いがけなさから狼狽えてしまい、 一粒の涙も落ちなければ、喜びの言葉すらも容易に述べることが出来ないでいた。 そんな夫に 「お喜び下さらないのですか…?」 と、濃姫は苦笑に近い表情を向ける。 信長は軽く目をいた。 「いや……大いに喜んではおるのじゃが、突然のことで、驚きの方が勝ってしもうて…」 「分かりまする。私も驚き入りました故」 濃姫は笑んで頷くと、まだ目立たぬ自身の腹にそっと手を当てた。 「あれほどまでに望んでいた懐妊にございますのに、いざそうなってみると、まるで実感が湧きませぬもの。 なれど、これはであって夢ではない──。今はただただ、その事実に感謝するばかりにございます」 姫が幸福そうな面持ちで言うと 「…確かに…、その通りじゃな」 やおら信長も静かな表情になって、小さく首肯した。 「様々な困難を乗り越えて、ようやく授かった命じゃ。この廻り合わせを有り難く思わねばなるまいな」 信長はその口元に穏やかな笑みを浮かべると、濃姫の肩にそっと手を置いて 「──お濃」 「はい」 「ようやったな。礼を申すぞ」 顔を輝かせながら、妻の功労を称えた。濃姫も深く頷き、喜びを分かち合うように信長とい合った。 「なれど、妙じゃな…」 ふいに信長は眉根を寄せる。 「何がでございましょう?」 「そなたの懐妊が分かったと申すのに、儂のところには、左様な知らせは一つもなかったぞ」 「──」 「懐妊は、しかとに診てもらった上で判明したことなのであろう?」 「それは勿論にございます」 「ならば余計に妙じゃな。女たちも、此度のを喜んでおるような様子を見せておらぬし……どういうことじゃ?」 しげに問う信長の前で、濃姫は深刻そうな表情を浮かべると 「私が懐妊の報告を差し止めたからにございます」 意を決したように目を見開いて、ひと息に告げた。 「差し止めたとな?」 「はい。懐妊の件は、決して公にはせぬようにと」 「何故じゃ…。かような大事を誰にも言わず、隠し通すつもりでおったのか!?」 「誰にもではありませぬ。現にこうして、殿にはお話し申しているではありませぬか」 「……」 「殿だけでなく、義母上様や千代山殿にも話すつもりでおりました。例の、私の病について知る方々にだけは」 姫に言われ、信長は思わずあっとなる。 “ そうか、その問題があったか ” と、信長は喜びから一転、たる思いになった。 しかしその一方で、どうしても腑に落ちない点があった。 「──じゃが、解せぬな。いくら病の件があるからとは申せ、何故 此度までも懐妊を伏せる必要があるのだ? 以前は今川義元との戦が控えておった故、儂に余計な心配をかけまいとしたそなたの配慮も理解出来るが、 今度はなる訳あって左様な真似を致す? あの折と今では随分と状況も違うと言うに」 そうに信長が訊ねると、濃姫はその口から小さな笑い声を漏らした。 「三保野たちにも、全く同じことを言われました。懸念することなど何もないのに、何故隠す必要があるのかと。 …確かに、病のことさえ伏せておけば、懐妊の件を公にしても問題はないのやも知れませぬ。──ただ」 「“ ただ ” 何じゃ?」 濃姫は浅く息をくと 「あの時と今では状況がまるで違うからこそ、公にしてはならぬと思うたのです」 真摯な口調で、心組も固く述べた。 「かつては尾張を治められる一大名であられた殿も、義元殿を桶狭間にて討ち取られてからは、 世に広く名を馳せ、今では岐阜城主とおなりにございます。我が父・道三が書き残した遺言に支えられて」 「──」 「父上様の遺言があったからこそ、安藤殿を始めとする美濃の家臣たちも、殿を正式な後継者と認め、甘んじてその足元にひれ伏しておられるのでしょう」 「…何なのだ。いったい何が申したいのだ?」 姫が述べたいことの要点が掴めず、信長は困惑気に眉をひそめた。 濃姫は居住まいを正し、更に続けて申し上げる。 「殿──。此度の私の懐妊を公にするということはち、美濃の家臣たち、ひいては、 かつての美濃守護であられた氏に仕えた遺臣たちに、あらぬ希望を与える元となりまする」 「……」 「この腹の御子が姫ならば良し。なれど万が一にも若君であった時には、美濃の家臣たちはって、 父の血を引くその御子をお世継ぎにと望むでしょう。殿がこの地を治める正統性を高める為にも」 「…であったとしても、あの者共とて今や織田家の家臣じゃ。儂が説得すれば、ある程度は聞き分けてくれよう」 「確かに、その通りやも知れませぬ。……なれど恐ろしきは、土岐氏に仕えた遺臣たちにございます。 私のには、母・小見の方をかえして、土岐氏の傍流である明智家の血が流れておりまする。